2002年の終わりに、僕は約3年半に及ぶNew Yorkでの活動を一旦終了し帰国しました。そして帰国後3、4ヶ月が経とうとする頃、結構シャレにならない不幸が僕を襲ってきたのです。
2003年の2月、ちょうどTEDとの日本公演が終わった翌月、僕の弟が病気で死にました。
この日の出来事は、僕にとって「強烈な記憶」として残り、おそらく一生消える事は無いと思います。
話は少しそれますが、僕はNYで悲惨なテロが起きた時、そのど真ん中で生活していました。
2機目の飛行機がワールドトレードセンターに激突する直前、僕は地下鉄に乗りまさにそのビルの真下を通り移動の途中でした。突然「West4」という駅(トレードセンターのわりと近く)で地下鉄が止まり、「乗客はすべて外に出るように」というアナウンスが流れ、僕はわけもわからず外に押し出されると、そこには僕と同じように外に押し出された大勢の人々がウヨウヨとアップタウン(トレードセンターと逆方向)に向けて逃げていました。
そして、そのわずか2,3分後あの悲劇は起きたのです。
町中から地鳴りのような叫び声が聞こえ振り返ると、まさにビルが崩れている瞬間でした。
僕もタイミングが悪ければ死んでいたかもしれません。
ビルが倒れたすぐ後、「泣き叫ぶ人」「悲鳴をあげる人」「走って逃げ迷う人」で町は溢れかえり、マンハッタンは言葉で表現しようが無い程の、「不安」「絶望」「恐怖」に陥りました。
僕は未だにこの日この瞬間の記憶は鮮明に憶えています。
≪映画でしか見た事が無い「風景」が、今まさに現実として自分の目の前で起きている感覚。≫
≪自分が何処でなにをやっているかわからない現実味の無い感覚。≫
≪情報が錯乱し、「マンハッタンが閉鎖され外に出られない。」「次はマンハッタンが吹き飛ばされる。」「細菌兵器が街に撒かれる。」など…の情報が飛び交い、このまま生きてマンハッタンを脱出できるのかという恐怖。≫
僕は生まれて初めて出会う「恐怖感」「絶望感」に襲われ、どうしていいのか分からないショックに陥りました。
この「テロという出来事」は、僕の人生の中で「もの凄く強烈なインパクトを持ったショックな出来事」でしたが、『弟の死』はそれ以上比べ物にならないくらい、僕に「ショック」と「絶望」と「無力感」を与えました。
弟の葬儀の後、何日か過ぎた頃TEDから一本の電話がありました。そこで「弟の死」を知ったTEDは僕にこう言ってくれました。
『Keep on play BLUES for
your little brother and yourself !!』
(弟とおまえ自身の為にBLUESを演奏し続けろ!!)
これはBLUESMANがBLUESMANに言ってくれた言葉で、僕にはその意味が良くわかり涙が出そうになりました。
この言葉を説明しようとすると「黒人の差別との歴史」を少し説明しなければなりません。知っている人も多いと思いますが、黒人はアフリカから奴隷としてアメリカに連れてこられました。後にリンカーンによって奴隷は開放されるのですが、その後も黒人はアメリカで生きるにあたり差別との戦いを余儀なくされたのです。今でこそ差別は少なくなって来ているとはいえ、当時TEDが若い頃は相当激しかったと思われます。実際TEDの叔父にあたる人も、言われも無いイチャモンをつけられ差別で撃ち殺されています。そういった時代背景の中、黒人が生み出した音楽がBLUESなのです。
おそらくそんな時代に生きていると、はっきりいってまともな精神状態ではやってられないと思います。だから、その悲しみを歌にしたり、逆にその日その時間を精一杯楽しむ為にBLUESを毎晩演奏し楽しんでいたんだと思います。自分達、自分自身の為に…
僕には今回の「弟の死」によってこの気持ちがもの凄く理解できました。
弟の死後、僕はほぼ毎日のように、なんだかわからないけどひたすらアホみたいに
BLUESを歌い続けました。時には数人で、時には一人きりで…
「演奏」するだけではなく「歌い」続けました。
New Yorkにいた時TEDは僕に
「MITSU、BLUES MANはちゃんと自分の言葉で歌わないとダメだ。だからお前も英語だろうが日本語だろうが何でもいいから自分の言葉でBLUESを歌え!」といつも言っていましたが、ほとんど「歌う」機会は無く(というか、あまり「歌う」気はなかったので)、「ギタープレーヤー」として演奏がメインでした。しかし、この出来事以後、この言葉を思い出しひたすらBLUESを歌うようになりました。
「BAR」「PARTY」「CLUB」「新宿、新橋、自由が丘、渋谷…等のSTREET」、何処でも関係なく…
「BLUESを演奏し続けた」というよりは、「BLUESを演奏しないと生きていくのがしんどい」というのが正しい言い方です。
よく、不幸な出来事が起きて「何もやる気がおきない」と言い「家でボーッとしている人」がいますが、僕の場合は少し違いました。
それぞれ価値観や性格が違うとは思いますが、僕は「弟の死後」何もしないでボーッとしていると「絶望感」や「無力感」が襲ってきたり、フラッシュバックのように脳裏に「弟の死んだ顔」が何度も浮かんできたり、夜寝ているときに何度も目が覚めたりと、精神的に相当不安定で自分自身が押し潰されそうになり、実際自分でどうしていいのかわからない状態に陥り、「何もしないで家でボーッとしている」なんてとてもじゃないですけど無理でした。
そして、こんな状態の中気がつくと、僕はBLUESを歌っていたのです。
ずっとBLUESを歌い続けていると、「心が安らぎ、自分をコントロールする事が出来る」というのがわかってきました。
BLUESには僕にとって精神を安定させる作用があったのです。
こうやってBLUESを演奏する事によって、僕は徐々に自分を取り戻し、生きる力を取り戻してきました。
「BLUES」という音楽を知っていた事が、僕にとってラッキーだったのかもしれません。
おそらく、昔の黒人達も同じような感覚でBLUESを演奏していたのでしょう。
これは僕の勝手な解釈かもしれませんが、少なくともTEDが僕に言ってくれた言葉
「Keep on play BLUES for
your little brother and yourself.」
には、この意味が含まれていた気がします。
TEDもMississippiで黒人として生まれ、差別の時代の中、山あり谷ありのBLUES人生を送ってきています。しかも、三年半の間僕と一緒に演奏し、なおかつ家族のように接してくれたので僕の事をよく知っています。だから、僕にこの言葉を言ってくれたのでしょう。
今回、僕はこの言葉に相当助けられました。TEDには本当に感謝しています。
なんか、しめっぽい話になってしまって申し訳ないですけど、ここからはアルバムに関するもっと音楽的な事を話していきたいと思います。
2004年の3月頃、こんな形でBLUESを演奏していると「RECORDINGしてみない?」という話が浮上し、個人的にもだいぶ復活してきたので「RECORDING」する事にしました。
ちょうどこの頃から自身のプロジェクト「DELTA
BLUES PROJECT」を本格的に立ち上げ活動を始めたのです。
そこで「RECORDING」にあたり、今回のアルバムの「コンセプト」を決めました。
コンセプトは、
≪昔ながらの【ベースレスのMississippi、CHICAGOスタイルBLUES】≫
+
≪そこに60、70年代JAZZFUNKの【音】【グルーブ】など…の要素をミックス≫
+
≪尚且つ【日本語】【英語】【インスト】で表現する。≫
ちょうどTEDと演奏していた時も「ボーカル、ギター2本、ドラム」の3ピースでよく演奏していたので、この「ベースレス」のスタイルは慣れ親しんでいるのです。
ここで「【日本語】【英語】【インスト】で表現する」という事を、今回の一番のポイントにしました。
当然、TEDが教えてくれたBLUESの歌詞は英語です。それを日本で歌っていると「日本語では歌わないの?」と多くの人に言われました。そこで、日本語でBLUESを作詞作曲し、尚且つ「言葉」ではなく「インスト(音)」で表現する事もプラスしました。
なぜ「インスト(音)」で表現する事にもこだわったか少し説明したいと思います。
コミュニケーションの手段として「言葉」は大事なツールです。しかし、異なる言語間でのコミュニケーションというのは、時には「すれ違い」を起こします。大袈裟な話をすると、意思の疎通がうまくいかないという事が引き金となって、争いが起きたりもします。「言葉」は諸刃の剣にもなりうるという事です。
しかし、「音」というのは「感じる」事が出来ます。
例えば異なる言葉を喋る人種同士でも、「やさしい音」「せつない音」「悲しい音」etc…は感じる事が出来ます。人種間で多少の「感じ方の誤差」はあるとは思いますけど、もともと「音」というのは「言葉でいう断定した意味」というのをあまり待たず、「感じる」という意味合いの方が強いので、「言葉」がわからない状況下でも、非常に簡単かつ有効的にコミュニケーションがとることができるのです。まさに、「音楽は世界共通の言語」というわけです。
これは、僕がNYで実際に肌で感じ、経験した事からきています。おそらく、僕だけではなく「言葉」の違う海外で演奏活動をした事があるミュージシャンは同じ事を感じていると思います。
なんだか堅苦しい言葉になりましたけど、ぶっちゃけて言うと、僕自身も以前から言葉で「音楽は世界共通の言語」というのは聞いていましたけど、「実際どういうことか?」というのはよくわかりませんでした。正直「音楽」は、しょせん「音楽」だと考えていましたし…
しかし、実際経験してみると「音楽」は僕が思っていた以上に言葉が通じない国でコミュニケーションをとる事が出来ました。簡単にいうと「音楽」によって、初対面でしかも異人種の人とでも「すぐ仲良く」なれるのです。そして、相手に「笑顔」を創ることもできます。一緒に「楽しむ」事もできます。この「すぐ仲良くなれる」「笑顔」「一緒に楽しむ」という行為は、ファーストコンタクトでは非常に重要で、これさえできればその後のコミュニケーションは簡単に円滑になります。例え言葉が通じなくても。
(「音楽は世界共通の言語」と言われる所以は、これだけではないのですが、ここでは話が長くなるので、興味がありましたらBARで出会ったときにでも聞いてください。)
そして、「音」によって自分の感情を相手にダイレクトに伝える事も出来るのです。
例をだすと(これで伝わるかどうかわからないですけど…)、
「日本語」で「僕はあなたの事を死ぬほど愛しています」を英語で表現しようとすると、「I love you so much!」、「I’ll give you jewelry and money, too. but, it’s not all I do for
you. Cause I love you!」、「You’ve never
known how much I love you!」etc…だいぶ文脈は変わりますけど、「意味合い」を表現しようとなるとこんな感じになると思います。
しかも、まずこれらの表現を覚えるのに英語を学習し、理解する必要があります。その後、「状況」や「相手はどういうタイプの性格か?」等...を考えた上で言葉を選んで喋る必要があります。
そう考えていくと、おそらく間違っても直訳して「I
love you so much. that’s why, kill me!!」とか「I love you so much. Because, I can die for you!」などにはならないと思います。
ちなみに、 スペイン語なら「Besame mucho」など…になるでしょう。
(あまりスパニッシュはわからないので、これくらいです…)
こんな感じで、言葉で表現しようとすると、時として少しややこしいというか、表現できるようになるまで多少時間がかかりますし、時として誤解をまねく場合もあります。
しかし、これを「音楽」で表現しようとすると、「愛してる」「美しい」「可愛い」「抱きしめたい」などの気持ちを「音」でダイレクトに相手の感情に訴えることが出来るので、例え「言葉」が通じなくても「気持ち」や「感情」は伝わります。
僕の場合「ギタープレーヤー」なので、これらの「気持ち」や「感情」を「ギターの音」に置き換えて演奏で表現します。そうすると、不思議と案外伝わるものなのです。
要するに何が言いたいのかというと、
『英語には日本語に無い表現がありまして、逆に日本語にも英語に無い表現があります。(実際に「無い表現」もありますが、大抵は「表現しにくい」方が多いです)他の言語も同じような感じだと思います。これは、各々の国の「考え方」や「文化」の違いから来ているのものなんです。しかし、「音楽(特に「音」に関して)」言うと、そのへんの「言葉」による表現の限界というのはあまり無いのです。
だから、「音楽(音)」は「人間の心、SOUL、感情」に直接訴えかけ、「国」や「人種」、「言葉」の壁を越え「感動」すら生みだすのです。』
これが「音楽(音)」の持つ『力』です。
だから、この「音楽(音)の力」を「インスト」という形で「国」、「人種」、「言葉」の壁を越えてより多くの人達に表現したかったのです。
(わかり難い文章になって申し訳ないのですけど、別に僕は「音楽(音)」で表現する事が「言葉」で表現する事よりも良いと言っているわけではなく、各々の表現方法には「長所」「短所」があるので、それをカバーする上で「インスト」「英語」「日本語」をポイントにしたということです。まず、この「音楽の力」を文章で説明する事自体、個人的にはかなり無理があると思っています…しかも、僕はあまり文章を書くのが上手ではないので…とにかく自分なりに説明すると大体こんな感じです。あとは、実際アルバムを聞いてみて下さい。)
というわけで、【日本語】【英語】【インスト】この異なる3つの表現方法を一番のポイントとして今回のメインコンセプトにしたのです。
「コンセプト」の話が長くなったので、話を「RECORDING」に戻します。
「RECORDING」はJAZZのようにほとんどを一発録音にし「緊張感」と「インプロビゼーション感」を持たせ、それを損なわないようにオーバーダブしていく方法をとりました。
ここでは一発勝負の緊張感を出す為に、かなり綿密なアンサンブルを事前に練りました。特にインストの曲は苦労しました。しかも、「ベースレス」という独特のスタイルなので、「音の無い音(無音での間合い)」をうまく使ったり、「いかに太くガッシリした音」でベースの無い部分を補って聞かせるか?また逆に、いかにアンサンブルでベースレスを聞かせるか?etc…「出す所は出して、引く所は引く」、「強弱」、「静と動」、「太陽と月」、「ワビサビ」etc…日本の武士道に通じるアイデアを応用し、小技をたくさんちりばめました。
というわけで、「アイデア」や「アンサンブル」を練るのに約半年かかり、実際のRECORDINGは2日で終了しました。
MIXDOWNの方も、いかに「ベースレスを聞かせるか?」という所に焦点を当て試行錯誤した結果、「出来るだけ生々しく聞こえる音」+「HIP-HOP、R&B系の低音を強調する手法」をとりました。最近、HIP-HOP、R&B系の曲でも、ベースレスのトラックを使ったりしますからね。
RECORDING以前に、MIXDOWNも含め最終的なイメージ、アイデア、アンサンブルの大体70%は出来ていたのですけど、残りの30%はやりながらまとめていった感じです。
ここからは各曲について。
1.Red Dress
これはTEDに教えてもらった、BoogieというタイプのBluesです。勢いがあってノリの良い曲なので、アルバムの一曲目に持ってきました。曲全体がベースレスとは思えないくらい勢いがあり太い音に仕上がっています。ボーカルは一度録音したトラックを、ギターアンプに通し録音しなおし、最後にエフェクトをかけて独特の「ラジオボイス」に加工しました。僕は、このパワフルな疾走感が気に入ってます。
2.Chameleon
オリジナルは、ハービーハンコックの曲です。いろんなミュージシャンがカバーしていますね。元々この曲はJAZZFUNKの跳ねた感じの曲なのですけど、そこに今回僕は、AFRO-CUBAのリズムのアイデアを追加し、ドッシリと横にも揺れるノリにしてみました。ベースがない分、ドラムのバスドラをHIP-HOP系の音のように強調し、そのドラムのグルーブに乗りつつ、ギターのインプロビゼーションが繰り広げられています。始めと終わりのテーマ部分には、細かなワウギターの音などをかぶせて広がりを出し、逆に中間部分のインプロビゼーションでは小細工なしで「感情の生々しさ」を強調しています。
「コンガ」や「いろんなギターバッキング」をかぶせたバージョンもあったのですが、グルーブ感やバランスを考え不必要なものを削ぎ落としていき、結果的に今のバージョンに落ち着きました。
「TAKEZOO(Gt)のアドリブ」と「MITSU(Gt)のアドリブ」が別々のアプローチをしており、互いに異なったカラーを打ち出しています。それが微妙に調和して変化していく様子が、「Chameleon(カメレオン)」が周りの環境で「体の色」を変化させる感じに似ていて面白いです。だから、曲の始めと終わりでは違うフインキになっています。
3.朧月夜
朧月の夜に作った日本語のBLUES。
「目が見えない暗闇」と「予想できない人生」をイメージしています。
「BLUES」と「ワビサビ」、そして武道で言う所の「無」を混ぜ合わせた曲です。
できるだけ不必要なものを削ぎ落とし、あるべきところにあるべき「音」をあてはめ、音の無い音(無音)の部分を効果的に使っています。
「ボーカルに薄くかかったリバーブ」と、「ポイントポイントで現れる後ろに広がる『浮遊』する感じにエフェクト処理したコーラス」、それに「アコーステックギターの生々しい音」、「ドラムの原始的な音」、「セミアコの艶のある音色」がプラスされたコントラストが「暗闇の中で研ぎ澄まされた空気」を表現しています。
前曲「Chameleon」の「動」とは対照的に、「静」の曲に仕上がっています。
個人的に「ウィスキー」「日本酒」「焼酎」などのCMにピッタリだと思うのですが、どうでしょう?
4.Annie had a baby
これもTEDに教えてもらったBLUESの1つです。
この曲の歌詞の内容が、いかにもその時代の黒人ぽく、くだらなくて僕は好きです。
ざっと内容を説明すると、
「嫁のAnnieとの間に赤ちゃんが生まれ、Annieはいつも赤ちゃんと一緒に歌ったり、喋ったり、散歩行ったり…と全然僕をかまってくれなくなった。寂しい… しかし、よく考えてみると…わかった!
だから俺は他の女と遊べるんだ!!」というような曲です。
5.戦場の月(Give me one drink, just before I go)
夜月明かりの下、酒を一杯やりながら満月を眺めている時に出来たインストの曲です。
アルバムの中で1番好きな曲で、オススメです!これだけでも是非聞いてください。
曲のイメージは、
≪昔々、時は「戦国時代」、明日の戦いを控えた満月の夜に、「侍」が草原に腰を下ろし、せつなくも美しい「満月」を見ながら、最後になるかもしれない酒を一杯ひっかけている。≫
そしてこの曲には、
『歴史は何度も繰り返し、ここ何年かも世界各地でまた戦争が起きています。その結果、憎しみあったり、殺しあったりと悲惨な現実に直面しているけど、敵味方関係なくその夜に浮かぶ月を見れば「美しく」、「地球上に1つだけの月」なのです。だから、「銃」なんて手に持たずに「酒」でも手に持って仲良くしようよ!』
という「無言での平和のメッセージ」が込められてます。
この曲でのTAKEZOO(Gt)のアドリブは圧巻です。情緒的で素晴らしい!
MITSUのテーマからTAKEZOOのアドリブにいきそしてテーマに行き着くという流れが、「戦国時代、明日の戦いを控えた満月の夜に揺れ動く「侍」の心境」を表現しています。
6.Walkin’ like a Dog
今回作曲した中で、最もJazzyなフインキのインストです。
テーマの冒頭部分は「薄暗い路地裏で、周りを警戒しながら歩いている犬」をイメージしています。
曲のテーマ部分には「クラシックの室内弦楽四重奏」「JAZZのビックバンド」などをアイデアに、「ギターアンサンブル」に挑戦してみました。個人的には、テーマのサビ部分でギターがオクターブ奏法で盛り上がっていく所が気に入っています。僕の中で1番実験的な曲です。
7.I remember our Soul
New Yorkに住んでいた時に作詞作曲した曲で、前半は「英語」後半は「日本語」で歌詞を書いてあります。
この曲は、事故で天国にいるミュージシャンの友達に捧げた曲です。
前半の「英語の歌詞」部分は、友達と一緒に演奏していた頃の実際の話で、後半の「日本語の歌詞」部分は、僕がNew Yorkで日本人として生活し、日本人社会を見て感じた事です。
全体的に「ワルツ」のリズムに、アフリカのリズムを少しプラスしたアレンジです。
ギター一本で「コードバッキング」と「メロディー」を同時に演奏し、「語る」ように歌っています。
〜最後に〜
今回僕は、この「アルバム」を作るにあたり出来る限り「自作自演のセルフプロデュース」に挑戦しました。しかし、個人の力では限界があり、友達や知り合いの「エンジニア」「ミュージシャン」「デザイナー」「プロデューサー」など...多くの方々に助けられ「アルバム」が完成し、「全国発売」する事ができました。
今回協力してくれたみなさま本当にありがとうございました。
心から感謝しています。
MITSU
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